マレーシア留学#2
こんにちは〜〜〜フリーザでっす!!!
今回は余談なのですが、フリーザ自身の留学回顧録です。
なぜ長女を留学させたいのかということの源がフリーザと夫の留学なのです。
さかのぼることおよそ30年前、夫とフリーザは1990年代初頭にシアトルのワシントン大学の英語学校の留学で知り合いました。その後、二人ともコミュニティカレッジ(日本で言う短大と職業訓練学校を足したような2年制の学校)を卒業しました。
聞こえはいいですが。。。フリーザが卒業できるような当時のコミカレはアメリカの4年制大学に進学する人達とはレベチの学力の差がありました。フリーザのは立派な遊学ですw
遊学でしたが、フリーザにとって人生のターニングポイントとなったシアトルでの留学生活でしたw日本に住んでいたら出会えなかったであろう国内外の個性的な友人達は今でも気を許せる楽しい仲間です。
それに。。。人生の伴侶と出会ったんですからw
1990年代初頭は円高も進み、留学がブームでした。それはそれは楽しい留学生活でしたw
夫の留学理由は日本の大学受験に失敗し、(なぜか)高卒になってしまうのはまずい!ということで、夫の父親からアメリカの大学(←コミカレのことw)の卒業証書を持ってこい!と言われていたのでコミカレだけは卒業しないと帰国できないという条件で留学していました。
フリーザもそんな夫に謎の影響を受けて、
”よし!遊学でも卒業証書もらって帰ればフリーザの両親を喜ばせられるぞ!”
と考え、コミカレ入学しました。(←なめまくってる)
当時はビザの発給もゆるく、正規留学生のビザはなぜか、、、5年も貰えました。偽装結婚してグリーンカードを取得する人、大麻草を育ててる人、オーバーステイなんて当たり前、、、今ではありえんです。。。もちろんそんな人ばかりではありませんよ。。。
そんな留学生にもバブル崩壊の波がやって来て1992年頃には留学生の3分の1ほどは帰国してしまいました。
費用は1年間で学費が約80万円家賃と生活費で240万円ほど、トータル320万円ほどだったかと記憶しています。
そんな留学ブームに乗っかって、親元を離れて適当に勉強し、遊び呆けて、親から仕送りしてもらうという、遊学を満喫していたフリーザはとんでもないバカ娘でした。(ほんと恥ずかしい。。。)
留学前のフリーザは今はなき津田スクールオブビジネスという英語秘書科の専門学校を卒業した後、就職したくなくて留学しました。自分が社会に出て働く、ということを想像できなかったんです。。。いや、今考えるととんでもないパラサイトですwこんなダメダメフリーザに愛情を注ぎ、育ててくれた両親には感謝しかありません。。。
さすがにフリーザのように遊学のために長女に投資はできない!!!コミカレではフリーザと同じ遊学生になってまう。。。でも日本ではないところで学んで欲しい。。。今のアメリカ留学は都市部であれば、授業料、家賃、生活費、車、保険、などなど総額で年間500万円ほど、4年制大学なら総額2000万円!!!OMG!!!
せめて年間300万円くらいで立派に勉強できる留学先ってないかしらん???
という訳で、”フリーザの遊学にならない3条件”に見事該当したマレーシアに決まりました〜〜〜
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